Creation Note

 研究、本棚、創作、日記など私事を集めたWebノートとしてサイトを移転致しました。
 Sigsalyのみならず、過酷な現代社会を生きる方々の糧となれば幸いに思います。
 また、かつてない環境下に置かれている若い世代の方々が物事や社会について考えるための一助となればそれに勝る喜びはありません。
 今後ともSigsaly並びにCreation Note高宮をよろしくお願い申し上げます。

     -SIGSALY-主宰 高宮信一郎

違法組織の皆さん。
勝手に私の家の電気を使うのはやめて下さい。犯罪ですよ。
また、ペットへの微弱電波攻撃、下記画像内容の行為もおやめください。
コンピュータを始めとする電子機器、家電製品に実害が出ています。

集団ストーカー行為をやめましょう。

同様の被害に遭われたいる方々、協力しましょう。

*画像はクリック、タップで拡大できます。

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ガロア 第一論文(5)

 1831年、ガロアはポアソンのすすめによって、先に提唱した論文を書き直してフランスアカデミーに送ります。

 前の二度は散逸しましたが、この三度目の論文が残り、シュバリエ宛ての遺書と共にガロアの論考として残ります。

 同じ頃、ガロアが数学塾を開いていたという記述もあります。ここには30人から40人ほどの数学好きが集まったようですが、単なる数学好き程度でガロアの論考を理解出来るわけもなく、自然消滅という形であったようです。

◾️初恋と決闘

 ガロアが所属していた「人民の友の会」は、その過激な言動によって当局の取り締まりを受けていました。

 1831年7月14日、革命記念日のデモに参加していたガロアも逮捕され、サン・ペラージュ監獄に収監されます。

 同年3月、コレラの蔓延によりフオートリエ診療所に移送されたガロアは、ここで医師の娘ステファニーと出会い、恋に堕ちますが、二人が結ばれる事はありませんでした。

 そして運命の5月30日、謎の決闘により腹部を銃撃されて倒れているガロアを、通りすがりの農夫が見つけて病院に運ばれます。

 この決闘について要因や真相は判明していませんが、相手は貴族であったとも言われています。

 弟が駆けつけた時には既に手遅れだったようで、「泣くな、20歳で死ぬのはありったけの勇気が必要なんだ」と、それが最後の言葉だったと伝えられています。

 時に運命は天才を早く連れ去ります。それはあたかも、道を切り開く事が定めであったように、それだけを残して、天に連れて帰るのかも知れません。